B-37:社内でAIの使い方がそろわない本当の理由は、利用ルールではありません
AIに渡しているのは、手順ですか。それとも判断の基準ですか。
社員がAIを使い始めたのに、出てくるものがそろわない。その原因と、渡す形にするまでの順番をお伝えします。
社員がAIを使い始めたのに、出てくるものがそろいません
社員がそれぞれAIを使い始めた。禁止していたわけでもないので、いつのまにか広がっていた。よくある状態だと思います。
ところが、出てきたものを並べてみると、調子がそろっていません。ある社員が書いたお客様向けの文章は、やけに堅い。別の社員がまとめた案内は、くだけすぎている。どちらも間違ってはいないのに、同じ会社から出たものに見えない。
社員が使い始めた段階で社長が何をすべきかは「B-21:社員がAIを使い始めたら、社長は何をすべきか?」でお伝えしました。今回は、その次に起きることです。
同じ話は、国の検討会でも出ています。2026年に経済産業省が開いた会合の記録に、企業側の課題として「AI活用の方向性や会社の未来の絵を描くことが必要である。これをしないと、使い方がバラバラになる」という声が残っています。規模の大きな会社でも、止まる場所は同じです。
足りないのは、利用ルールではありません
ここで多くの会社が「社内で利用ルールを決めなければ」と考えます。2026年版の中小企業白書でも、AIを活用していない理由の3番目に「社内ルール・ガイドラインが整備されていない」が挙がっています(26.2%)。
決めること自体は必要です。ただ、使ってよい範囲と禁止事項を決めても、出てくるものはそろいません。決まりが書いているのは「やってはいけないこと」で、「何を大事にするか」は書いていないからです。
足りないのは、決まりではありません。渡すものです。
国は、これを「AX」と呼び始めました
2025年12月、政府はAIの基本計画を閣議決定しました。そこに「AIトランスフォーメーション」、略してAXという言葉が出てきます。
言葉を覚えていただく必要はありません。ただ、その定義に「業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し」と書かれていることだけ、頭の隅に置いてください。国は、AIを道具の話としてではなく、会社の文化まで含めた話として書いています。
2026年版の中小企業白書は、これを中小企業の話として扱いました。AIが出した答えを経営者がその場で判断できるから、中小企業のほうが変わりやすい、という書き方です。添えられた図では、AIの側が「AI部下」、人の側が「ボス力」と「現場力」と書かれています。指示を出す側に回る、という話です。
AIの使い方は、3つの段に分かれます
現場で見ていると、AIの使われ方は3つの段に分かれます。
その場で終わります。
やりとりが積み上がっていきます。
社員が別々に使っても、同じところを見ています。
AIを閉じたあとに、何も残らないなら第1段。自分の手元にだけ残るなら第2段。ほかの社員も同じものを見ているなら第3段です。
段が上がるほど、渡すものが変わります
段が上がるというのは、機能が増えることではありません。渡すものが変わるということです。
第1段では、その都度、口で説明しています。渡していません。
第2段では、自分の仕事の文脈を渡しています。ただし本人の中に閉じています。担当者が辞めれば、一緒に消えます。
第3段では、会社の判断の基準を渡しています。社員が別々に使っても、同じものを見ています。
出てくるものがそろわないのは、たいてい第2段で止まっているからです。社員それぞれが、自分なりの解釈をAIに渡している。そろわなくて当然です。
渡すのは、手順ではなく判断の基準です
画面の操作手順は、AIに渡せるようになりました。渡せないのは「なぜそうするか」のほうです。この線引きは「B-36:IT担当者に、もう手順を覚えてもらわなくていい —AIに渡せる操作と、人に残る言葉の線引き」でお伝えしています。
判断には層があります。
- 経営理念:何のためにあるか。めったに変わりません。
- 経営方針:いまは、どちらを選ぶか。事業の状況に合わせて見直されます。
- 目的:目の前の仕事で、何が大事なのか。
下へ行くほど、変わる速さが上がります。理念は何年も動かないのに、目的は案件ごとに変わる。渡したまま放っておくと、古くなるのは下の層からです。
順番は、上からです。
経営理念を渡さずに「この文章を直して」とだけ頼むと、AIは一般的に正しい文章を返してきます。会社の考え方を知らないのだから、当然です。返ってきたものを見て「何か違う」と感じるのは、渡していないものが返ってこないからです。
外部の専門家に相談するときも、まず会社の考え方から説明しますよね。AIも同じです。
正本が古いと、AIも古い判断をします
ここでいう正本とは、「これが最新です」と決めて1か所に置いたもののことです。
掲げてある理念を読むのは、人です。人は、書いてある言葉が少し古くても、いまの状況に合わせて読み替えます。「ここは、いまで言えばこういうことだ」と補って受け取る。長く勤めている社員ほど、上手に補います。
AIは補いません。書いてあるとおりに受け取ります。3年前の方針がそのまま置いてあれば、3年前の判断を今日の仕事に当てます。しかも、もっともらしい形で返ってきます。
ここが、掲げるだけの状態との違いです。渡した瞬間から、理念は手入れの要るものになります。
その基準を書いたのがいつだったか、思い出せますか。思い出せないなら、たいてい古くなっています。
理念がまだ言葉になっていない場合は
著書を何冊も持つ経営者の会社が、その著作をAIに読ませて、社員の相談に答えさせている例が報じられています。立派な取り組みですが、手本にはしにくいと思います。本になるほどの分量が、すでに言葉になっている会社の話だからです。
必要なのは分量ではありません。決まっていることです。A4で一枚でも足ります。
まだ言葉になっていないなら、そこから始めます。言葉にする作業そのものにAIが使えるので、「B-04:AIを使いこなせる会社と、そうでない会社の違いは何か? —経営理念とAI活用の意外な関係」をご覧ください。順番は、作ってから渡す、です。
社長がやること
- どれが最新かを決める。同じ内容が2か所にあると、AIはどちらも読みます。
- 手順と、判断の基準を分ける。手順は渡して構いません。基準は社長が持ちます。
- 古くなったら直す人を決める。直す人がいない基準は、置いた日から古くなり続けます。
どれにも、AIの知識は要りません。決めるだけです。
筆者の余談
ここまで書いておいて何ですが、古いものを渡してしまう失敗は、私自身がほぼ毎日やっています。
決めたことを書き留め忘れる。書いてはあるけれど前の版が別の場所に残っていて、そちらを読まれる。書いた場所が増えすぎて、どれが最新なのか自分でも分からなくなる。原因はいつも同じで、決める作業のほうが、書き留める作業より速いのです。
しばらくは、書き留める速さを上げようとしていました。うまくいきません。いまは追いつかせるのをやめて、区切りでいったん止まるようにしています。
失敗そのものは、いまも毎日します。ただ、前は「どこに書いたか」を探すところから始まっていました。いまは開く場所が決まっているので、直すだけで済みます。
AIは悪くありません。渡したものに忠実なだけです。おかしな答えが返ってきたとき、まず疑うのがAIではなく自分の渡したもののほうになった。これが、ここ数か月で変わったところです。
ついでに言えば、理念をAIに渡す形にしている会社の話を、私はまだあまり聞きません。渡されているのは手順ばかりです。ここが抜けていると思っています。
この記事のまとめ
- 社員がAIを使い始めると、出てくるものはそろわなくなります
- 足りないのは利用ルールではなく、AIに渡す判断の基準です
- 使い方は3つの段に分かれ、段が上がるほど渡すものが変わります
- 渡すのは手順ではなく、「何のためにあるか」のほうです
- 正本が古いと、AIも古い判断をします