B-01:社長はどこまでITを理解すべきか?
「ITのことは担当に任せてあります」→それ、少し危ないかもしれません。
社長がITの専門知識を持つ必要はありません。ただし、経営判断に関わる3つのことだけは、社長自身が把握しておく必要があります。
「うちの社長、ITのことは全部私に任せてくれているので」
そう話してくれるのは、中小企業の総務担当や現場リーダーの方たちです。経営者本人に話を聞くと、「正直よくわからなくて、担当に任せています」という答えが返ってきます。
これ、実はとても危うい状態です。でも、だからといって「社長がITを勉強しなければいけない」という話ではありません。
ITが苦手な経営者は、失格なのでしょうか。答えは、ちがいます。
社長がITを全部わかろうとする必要は、ない
まずこれをはっきりお伝えします。社長がプログラムを書けなくていい。クラウドの仕組みを説明できなくていい。最新のAIツールを使いこなせなくていい。ITの専門知識は、専門家に任せればいい。それは経理を税理士に、法律を弁護士に任せるのと同じことです。
ただし、経理を税理士に任せているからといって、社長が「会社のお金のことは全部お任せ」では困ります。売上と利益の違いくらいは把握している。資金繰りに問題がないかは気にしている。大きな支出は社長が判断している。これが普通の経営者の姿です。
ITも同じです。細かい技術的なことは任せていい。でも、経営判断に関わる部分は社長が把握しておく必要がある。では、その「経営判断に関わる部分」とは何か。25年間、中小企業のIT経営をサポートしてきた経験から言うと、それは3つだけです。
では、社長が把握すべきことは何か? →3つだけです
「このソフトを入れたら、うちの会社の問題が全部解決する」。そう思い込んでIT投資をして、あとから後悔する経営者は少なくありません。ITはあくまで道具です。道具には、得意なことと苦手なことがあります。
社長が把握すべきは「このITツールで、うちの何が解決できて、何は解決できないか」という基本的な期待値です。これを事前に整理しておくだけで、的外れな投資や、導入後の「こんなはずじゃなかった」を防ぐことができます。専門家に相談するときも、「何を解決したいか」を言語化できている社長と、「なんとかしてほしい」とだけ言う社長では、提案の質がまったく変わってきます。
ITツールを導入するとき、先に決めておくべきことがあります。それは「誰が、日常的にどう使うか」です。どんなに優れたツールも、使う人がいなければ意味がありません。逆に言えば、シンプルなツールでも、使いこなせる人がいれば大きな力になります。
社長が把握しておくべきは、「このツールの運用責任者は誰か」「社員は使えるか、研修が必要か」「外部のサポートが必要なら、誰に頼むか」という運用の全体像です。導入前にこれを決めておくかどうかで、ツールが社内に定着するかどうかが大きく変わります。
IT投資には、大きく分けて2種類のコストがあります。最初にかかる「初期費用」と、毎月・毎年かかり続ける「ランニングコスト」です。クラウドサービスは初期費用が低く見えますが、月額料金が積み重なると意外と大きな支出になります。反対に、買い切りのソフトは初期費用が高くても、長期で使えばお得になることがあります。
社長が把握すべきは、細かい料金体系ではなく「5年間でいくらかかるか」という総額の感覚と、「その投資に見合う効果があるか」という判断軸です。これさえ持っていれば、見積もりを見て「高いか安いか」の感覚がつかめるようになります。
ITシステムを導入する前に、私はまず業務の見える化をするようにしています。工場や事務所のみなさんがどのような仕事をしているのか、メモ帳を持って、見学・観察します。どの作業が毎日繰り返されているか、どこで人が止まっているか(ボトルネックの把握)。そういうことを目で確かめてから、IT化の設計を始めます。何をIT化して、どこまで人間がやるかを先に決めるためです。
経験上、繰り返し発生する定型業務の8割をITで処理し、例外処理の2割は人間が対応する。これが「ちょうどいいIT」の目安になっています。
例外処理までIT化しようとすると、複雑な分岐をシステムに組み込む必要が出てきます。その分、開発や設定のコストが跳ね上がる。「全部ITに任せたい」という気持ちはわかりますが、例外処理は人間が柔軟に判断したほうが、速くて安くて正確なことがほとんどです。
この3つが曖昧なまま進むと、こうなる →2社の実例
「3つを把握してから動く」。これが原則ですが、実際の相談現場では、この順番が逆になっているケースが後を絶ちません。実際にあった2社の話をご紹介します。
業界で話題になっていた業務管理ソフトを導入しました。機能が豊富で評判も良く、「これで社内の管理が変わる」と期待しての導入でした。
ところが、いざ使い始めると操作が複雑で、社員が使いこなせません。そこで専門家を呼んで社内研修を実施しましたが、それでも現場には定着しませんでした。結局、月額費用を払い続けながら誰も使わない状態が続き、最終的に解約。初期費用と研修費用、そして数か月分のサブスク料金が、そのまま損失になりました。
▶ 「誰がどう扱うか」を導入前に検討していなかった。社内のITリテラシーや、日常業務の流れに合っているかを確認せずに、機能と評判だけで選んでしまったことが原因でした。
「できるだけ費用を抑えたい」という判断から、同カテゴリの中で最も安価なソフトを選びました。月額料金は半額以下で、コスト面では申し分なかった。
しかし導入後、現場から「あの機能がない」「この処理ができない」という声が相次ぎました。安いプランには、現場で必要とされていた機能が含まれていなかったのです。上位プランに切り替えるか、別のソフトに乗り換えるか。結果的に、当初より高いコストをかけることになりました。
▶ 「何ができるか」を現場の実務と照らし合わせずに、費用だけで判断してしまったことが原因でした。
どちらの事例も、導入前に「何ができるか・誰がどう扱うか・費用の目安」の3つを整理していれば、防げた失敗です。逆に言えば、この3つさえ押さえておけば、ITの細かい知識がなくても、大きな判断ミスは避けられます。
私自身がソフトを選ぶときは、まずマニュアルを読み込みます。マニュアルには、機能の限界や「できないこと」が正直に書いてあるからです。そのうえで、無料デモがあれば必ず触って比較検討するようにしています。
無料デモを触らずにソフトを買うのは、試乗せずに車を買うようなものだと思っています。面倒でも、必ず触ってみてください。「使いやすいかどうか」は、カタログではなく、実際に操作してみてはじめてわかります。
わからなくていい。でも、この3つだけは社長が持っておく
ITは、知れば知るほど奥が深い世界です。追いかけ始めると、勉強し続けなければなりません。それは専門家に任せればいい。社長に必要なのは、専門知識ではなく判断軸です。
「これで何が解決できるのか」「誰が使うのか」「費用は適正か」。この3つを自分の言葉で確認できる社長は、たとえITが苦手でも、IT経営で失敗しません。逆に、この3つを担当者任せにしたまま「よくわからないから」と目を背けていると、実例のような失敗が起きます。
「ITのことは任せてある」ではなく、「3つのことは把握したうえで任せている」。この違いが、経営に差をつけます。苦手でいい。でも、この3つだけは社長が持っておいてください。それだけで、御社のIT経営は確実に変わります。
この記事のまとめ
- 社長がITの専門知識を持つ必要はない。ただし、経営判断に関わる3つのことは把握しておく
- ① 何ができるか:解決できること・できないことの期待値を整理する
- ② 誰がどう扱うか:運用の主体と役割分担を導入前に決める
- ③ 費用の目安:初期・ランニングの総額と、投資対効果の感覚を持つ
- 「任せてある」ではなく「把握したうえで任せている」が、IT経営で失敗しない経営者の姿