B-35:IT経営の考え方を変えた10冊 —経営書が教えてくれたこと
IT経営のヒントになる経営書をご紹介
筆者が読んできた約3,000冊の経営本から、10冊だけ(厳密には13冊。。)を厳選しました。
「このホームページの売上が上がらないのは、なぜだろう?」
創業してまもない頃、私は葛飾区の図書館に通い、経営の棚を端から読んでいました。お客様の会社を支援するためには、ITの技術だけではなく、経営を理解しなければならないと感じていたからです。物理・数学を専攻して大学を出た後、経営を学ぶ機会がないまま起業せざるをえなかった私にとって、図書館の経営書の棚は、もう一つの学校でした。
その中で出会った本たちが、その後25年以上の支援現場で、ITをどう使うか、何を優先するかを判断するときの軸になっています。今回はその10冊を、出版された順に紹介します。IT経営の考え方がどのように発展してきたか、その流れとあわせてお読みいただければ幸いです。
※なお、本記事での時代区分は、私独自の個人的な整理です。一般的な定説ではありませんので、あらかじめご了承ください。
第1期 経営の土台を作った時代(1984年〜1999年)
インターネットが普及する前夜、経営の本質を問い直す名著が相次いで生まれました。この時期の本に共通しているのは、「技術より先に、考え方を変えろ」というメッセージです。
まず「どこが詰まっているか」を見る 『ザ・ゴール』シリーズ/エリヤフ・ゴールドラット(1984年)
この本を読むまで、私は「全部の工程をできるだけ速くすれば、全体が速くなる」と思っていました。ところが本書はその考えを根底から覆しました。
工場を舞台にしたビジネス小説の形をとったこの本が伝えるのは、TOC(制約条件の理論)と呼ばれる考え方です。仕事の流れには必ずボトルネック、つまり一番遅い工程があります。そのボトルネック以外をいくら速くしても、全体の仕事量(スループット)は増えません。むしろボトルネックの速さに他の工程を合わせることで、全体が最適化されるというのです。
この考え方は、IT導入の順番を決めるときに直接使えます。どこを効率化するかより、どこが詰まっているかを先に見る。ボトルネックでない工程にITを入れても、全体は速くなりません。支援先の現場でメモ帳を持って工程を観察するとき、私はいつもこの本のことを思い出します。
シリーズには『ザ・ゴール2』『チェンジ・ザ・ルール』など続編もあり、思考プロセスや組織変革へと理論が発展していきます。気になる方は、出版された順に読んでいくのがオススメです。
良い会社が新技術に負ける理由 『イノベーションのジレンマ』/クレイトン・クリステンセン(1997年)
まじめに顧客の声を聞き、着実に技術を改良してきた優良企業が、なぜ突然現れた新参者に負けるのか。本書はその構造を鮮やかに解き明かします。
機能を追加し続けることが目的になってしまった結果、製品は複雑になっていきます。そこに、シンプルで安価な単機能製品が登場する。優良企業はその製品を「品質が低い」と軽視しますが、やがてその製品が市場を席巻してしまう、というパターンです。
これはIT業界でも繰り返されてきた話です。高機能な業務システムが、シンプルなクラウドサービスに置き換えられていく流れはまさにこの構造です。中小企業にとっては、むしろ破壊する側に立てる可能性があることも、この本は教えてくれます。
なお、このジレンマへの答えを出した本として、2019年に出版された『両利きの経営』(チャールズ・オライリー&マイケル・タッシュマン著)があります。既存事業の「深化」と新規事業の「探索」を同時に行う組織が生き残る、という考え方です。中小企業では人が少なく100%の役割分担は難しいですが、社長が現業を守り、専務(社長の息子さんなど)が新規事業やホームページ活用など新しいことを担うという形で実践している会社を多く見てきました。ジレンマを感じている経営者には、あわせて読むことをお勧めします。
以下2冊は、世界のIT業界を変えた会社の創業者たちの言葉です。読んだ当時はSF小説のように感じましたが、今では日本の中小企業にも広がりつつあります。
「作ってから売る」をやめた会社 『デルの革命』/マイケル・デル(1999年)
※この本は2026年現在、中古でしか手に入らないようです。
1990年代末、デルコンピュータは設立わずか15年で全米第1位のPCメーカーになりました。その秘密は、ダイレクトモデルと呼ばれるビジネスモデルにあります。
お客様がホームページでパソコンの構成を自分でカスタマイズして注文する。名前や届け先もお客様自身が入力する。社員の手間はほぼゼロです。注文後は製造状況や出荷状況がホームページで確認できる。今でこそ当たり前のEC体験ですが、これを1990年代に実現していたことに驚きました。
「作ってから売る」から「売ってからカスタマイズして作る」への転換。在庫を持たず、顧客情報を直接取得し、サプライチェーンをリアルタイムで管理する。この仕組みはすべてITによって実現されていました。デルはITでコストを下げたのではなく、ITでビジネスモデルそのものを作り直したのです。
情報の流れが経営の速さを決める 『スピード思考の経営』/ビル・ゲイツ(1999年)
※この本は2026年現在、中古でしか手に入らないようです。
ビル・ゲイツはこの本の中で、「デジタル神経系」という言葉を使っています。人間の神経が脳からの信号を瞬時に全身に伝えるように、会社の情報も素早く全体に伝わる仕組みを作るべきだという考え方です。
特に印象に残ったのは、「悪い情報こそ速く伝えよ」という言葉です。良い情報は自然と伝わりますが、悪い情報は組織の中で止まりがちです。問題が経営者に届いたときには手遅れになっている、という事態を防ぐために、情報インフラを整えることが経営者の仕事だと本書は言います。
この考え方は今でも色あせません。社内チャットツールやクラウドの共有フォルダを整備する意味は、スピードと透明性にあります。
第2期 ITが経営に入り込んだ時代(2001年〜2009年)
インターネットが社会に定着し、IT抜きの経営が考えられなくなった時代です。この時期には、競争の概念そのものを問い直す本と、経済の新しい構造を解き明かす本が登場しました。
目的のない会社に、ITは定着しない 『マネジメント』/ピーター・ドラッカー(エッセンシャル版2001年)
ドラッカーはこの本の中で、組織の目的とは何かを繰り返し問います。その問いに答えられない会社は、どんな道具を手に入れても使いこなせない。
本書はITについての言及はほとんどありません。しかし、『目的なき組織に道具は使いこなせない』という本質は、IT導入にそのまま当てはまります。何のためにITを入れるのかが明確でない会社では、システムが現場に定着しません。支援の現場で「なぜかうまくいかない」という会社を見ると、たいてい経営の目的が社員に伝わっていないことが原因です。IT導入の前に一度、この本を開くことをお勧めします。
競合と同じITを入れても差はつかない 『ブルー・オーシャン戦略』/W・チャン・キム&レネ・モボルニュ(2005年)
競合他社と同じ土俵で戦う限り、どれだけ努力しても消耗戦になる。本書はそう言います。競争のない新しい市場、ブルー・オーシャンを自ら作り出すことが、生き残る戦略だというのがこの本の主張です。
本書も、ITについての言及はほとんどありません。しかし自社の強みをどう尖らせるかという問いは、IT活用の方向性を決めるときにそのまま使えます。
私がこの本を読んで強く感じたのは、葛飾区周辺の中小企業に当てはめられる話だということです。もし地域の中小企業がそれぞれ自分にしかできない強みを磨いてオンリーワンになれば、同じ業種でも競合にならない。むしろ連携できる仲間になれる。同業者同士がライバル視せず協調できる地域が生まれるのではないか、という私の考えに近いものを感じました。
ITも、競合と同じシステムを入れることに意味はありません。自社の強みをさらに尖らせるためにITをどう使うか、という問いが先にあるべきです。
クリス・アンダーソン三部作 インターネットが変えた経済の構造
『ロングテール』(2006年)、『FREE』(2009年)、そして次の第3期で紹介する『MAKERS』(2012年)は、同じ著者クリス・アンダーソンが書いた三部作です。ネット経済の変化を段階的に追いかけた作品群として、あわせて読む価値があります。
『ロングテール』 クリス・アンダーソン(2006年)
従来の小売業では、売上の8割は上位2割の商品が稼ぐというパレートの法則が常識でした。棚のスペースに限りがある以上、売れ筋以外は置けない。ところがインターネットの登場によって、棚のスペースというコストがほぼゼロになりました。
アンダーソンが示した数字が印象的でした。大手ネット書店では、リアル書店では売れないような「死に筋」の本が、合計すると全体の売上の相当部分を占める。つまり上位数社が売上の8割を占めるという構造が、ネットによって崩れ始めたのです。中小企業にとって、これは大きなチャンスを意味します。ニッチな分野でも、ネットを使えば全国の顧客に届けられる時代が来た、ということだからです。
『FREE(フリー)』 クリス・アンダーソン(2009年)
なぜGoogleは無料で使えるのか。なぜクラウドのビジネスソフトが無料で提供されるのか。その経済的な仕組みをこの本は解き明かしてくれます。
驚いたのは、フリーミアムモデルの数字です。サービスごとに数字は異なりますが、有料会員がたった5%いれば損益分岐点に達し、10%いれば利益が出るというのです。無料ユーザーを集めることそのものが戦略になっている。この構造を理解すると、クラウドサービスの価格体系や、なぜ基本機能は無料で提供されるのかが腑に落ちます。経営者として、無料サービスをどう使い、どこに対価を払うべきかを判断する目が養われる一冊です。
第3期 誰でも作れる、所有から共有へ(2012年〜2013年)
クラウドが当たり前になり、製造もデジタル化が進んだ時代です。「モノを持つ」から「必要なときに使う」という社会の考え方そのものが変わり始めました。
中小企業が「小さく作る」強みを持てる時代 『MAKERS』/クリス・アンダーソン(2012年)
個人が自宅のパソコンで設計したものが、世界の裏側にある工場で製造できるようになった。本書を読んだとき、この一点だけで十分に驚きました。
3Dプリンターやデジタル工作機械の普及によって、製造業の参入障壁が劇的に下がっています。大量生産・大量販売を前提とした工場がなくても、アイデアと設計データさえあれば小ロットで製品を作れる。ロングテールの考え方が、ついに製造業にも及んできた時代です。
中小の製造業を支援してきた立場から言うと、この変化はまだ多くの経営者に届いていません。しかしこの流れは確実に進んでいます。自社の技術やノウハウをデジタルと組み合わせることで、新しいビジネスの可能性が開けると感じています。
「所有」から「共有」へ、ビジネスの前提が変わった 『シェア』/レイチェル・ボッツマン&ルー・ロジャース(2013年)
「モノは買って持つもの」という常識を、インターネットが崩し始めた時代の話です。本書はシェアリングエコノミーという概念を広めた一冊で、個人や企業が余った資産・能力・時間をネットを通じて共有し合う新しい経済の仕組みを解説しています。
中小企業の現場でこの変化を最も実感するのは、ソフトウェアの買い方です。以前は一度買えば使い続けられる「買い切り型」が当たり前でしたが、今はMicrosoft 365やAdobe製品のように年額・月額で使う「サブスクリプション型」が主流になっています。ソフトを「所有する」から「必要な期間だけ使う」へ。この考え方の変化は、本書が示したシェアの思想そのものです。
経営者にとってこの変化は、コスト構造の見直しを迫るものでもあります。初期費用は下がる一方、毎年の費用が固定化される。何を使い続けるべきか、何を解約すべきかを定期的に判断する目が必要になりました。
この記事のまとめ
ボトルネックを見つけること、変化の構造を読むこと、情報を速く伝えること、差別化の軸を持つこと、目的を明確にすること、所有からの解放を理解すること。これらはすべて、ITがある時代もない時代も変わらない、経営の基本です。
ITはこれらの経営判断を助ける道具です。道具を正しく使うためには、使う側の判断軸が先に必要です。私はよく「ITは、ビジネス(経営)の加速装置」という表現を使っています。経営書を読むことは、その判断軸を鍛えることだと私は思っています。
今回紹介した10冊はすべて、私がIT経営の考え方を形成するうえで欠かせなかった本です。しかし2026年の今、もう1冊だけ加えるとすれば、『もうけの仕組み:ビジネスモデル大図鑑 404社を徹底検証!』です。
支援先の経営者と「現在のビジネスモデル」を確認するとき、「今後の会社のあり方」を相談するとき、この本を一緒に開くことがあります。404社のビジネスモデルが図解されているので、「うちの会社はこれに近い」「この仕組みが使えるかもしれない」という会話が自然に生まれます。これまでの名著が「長期的な考え方の軸」を与えてくれたとすれば、この本は「今、現場で使える地図」です。